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林 文子
父親は築地の青果市場で仲買人をしていたが、
小学5年の時に事業に失敗。
元々働くことが好きだったこともあり、小学生から貿易事務所で
お茶汲みのアルバイトをして家計を助け、
中学・高校時代も休みになるとアルバイトに励んだ。
65年に高校を卒業して東洋レーヨン(現・東レ)に入社。
22歳で松下電器産業に転職したが同僚と婚約したため退社し、
立石電機(現・オムロン)に転職した後結婚。
結婚後は職場を転々としながら仕事を続けていたが、
自動車を購入した時に出会ったセールスマンに影響を受け、
77年にホンダの量販店に入社。
当時まだ珍しかった女性セールスとなると、
以後1日100軒を目標にした積極的な訪問と
丁寧な接客で販売を伸ばし、トップセールスを達成した。
営業所長も務めたが過労で身体を壊したため
87年にビー・エム・ダブリューに転職。
ここでもトップセールスを達成して93年には同社初の女性支店長に就任。
新宿支店、中央支店で支店長を務めて業績を大きく伸ばしたが、
ヘッドハンティングされて99年にファーレン東京
(現・フォルクスワーゲン東京)代表取締役社長に就任。
4年間で売り上げを倍増させた後、03年にBMWに復帰し
、ビー・エム・ダブリュー東京代表取締役社長に就任した。
05年5月、今度は経営再建中の大手スーパー、
ダイエーの代表取締役会長兼CEOに就任。
社長兼COOに就任した樋口泰行とともにスーパー未経験の
二人で再建を目指し、自らCMにも出演。
06年10月に樋口が退任して西見徹が社長に就任すると、
同時にCEO、COO制度が廃止されたため会長専任となり、
07年5月には代表権を持たない副会長に就任。
08年2月には「消費者行政推進会議」のメンバーに選ばれた。
なお同年に放送されたNHKのドラマ【 トップセールス 】は
林の半生を参考にして制作されたものだと言う。
08年3月にダイエー副会長を退任、
5月に日産自動車執行役員に就任すると6月に
執行役員を退任して東京日産自動車販売代表取締役社長、
並びに東日カーライフグループ取締役会長に就任した。
09年4月には東京日産社長執行役員となったが、
同年8月、東京日産社長及び東日会長を辞任。
中田(鄭)宏市長の辞任に伴う横浜市長選に無所属
(民主党推薦、国民新党支持)で立候補し、当選。
同市初の女性市長となった。
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